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1854年 日本和親条約は、玉楠の木の近くに設けられた応接室で締結されました。
横浜のシンボルともいえる玉楠の木をイメージして作られました。

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玉楠の木の歴史

右端の大木が「玉楠の木」と言われています

昭和6(1931)年に建てられたかつてのイギリス領事館、現在の横浜開港資料館の中庭に今も茂る「玉楠の木」は、横浜の生き証人とも言える存在です。ハイネの絵「横浜上陸」にも描かれているように、今から150年前のペリー上陸を多くの人々とともに見つめていました。慶応2(1866)年の大火、大正12(1923)年の関東大震災と、2度にわたり被害をうけたものの、枯れることは無く見事復活をとげています。